2009年12月29日火曜日

かぶら蒸し

かぶら蒸しを作ってもらった。「丸大根とおあげ」やかぶら蒸しで冬を感じる。冬も暖かく感じる。
今晩の月はラグビーボール型だ。

2009年12月27日日曜日

全日本選手権

冬になるとフィギュアスケートの大会が相次ぐので、テレビの前で過ごす時間が多くなる。今日は全日本選手権の最終日だった。スランプに陥ったり怪我をした人たちが復活してくるときのエネルギーはすごい。今冬はオリンピックがあるから、そこに体調のピークをもっていかなくてはならないが、その前に好成績をあげなくてはならないから大変だろう。

サンタのソックス

クリスマスの朝目がさめたら、枕元に赤いソックス(靴?)がおいてあった。中にチョコの袋が2個入っていた。
もうツリーに灯りをつけるのはふさわしくない。でも外のライトはしばらくつけておこう。冬の夜をほのぼの暖かくするような気がする。

2009年12月23日水曜日

ひと仕事

遅れていたAMSなどのレビューを終えてほっとした。クリスマス前に終えることができてよかった。クリスマスにどこかに行くわけでもないけれど。

2009年12月19日土曜日

冬の空

寒い!雪だるまのように着膨れて外気に触れるのは目くらいなのに、外を歩くと寒気が直接感じられる。そういうときに限って外出の用事ができる。ドイツからP.H.さんを招いての研究会。久しぶりに北のほうに。帰りがけに賀茂川沿いに見た空は紫色の荒れた雲が茜色の空を覆って、険悪な美しさだった。歯はだいぶよくなってきた。

2009年12月17日木曜日

夜は短し?

年末で混まないうちに、と、あわら温泉でのんびりした。何もしない(頭も使わない)を旨としてお湯につかってご馳走を食べて三国まで一両編成の電車で行った。若い女性の車掌さんが乗客を愛想よく迎えてくれる。都会では見られない心のこもった笑顔だ。出発の前に気楽に読める本を、と、「夜は短し、歩けよ乙女」を探した。若い店員さんに「夜は短し」といいかけたら「あ、恋せよ乙女ですね」!「いえ、歩けよ乙女です。恋はしません」。それは平積みになっていた。鴨川ホルモーと雰囲気は似ていてやはり荒唐無稽な事件の連続で、でもめでたそうな結末になる。ほとんどが京大かいわいなので情景がよく分かる。

2009年12月12日土曜日

いまどきの抗生物質

12月にしては生暖かい日だった。
歯の炎症で、薬の進歩を知った。すでによく知られていることなのかもしれないが、私ははじめてだった。抗生物質は8時間ごとに飲む物と信じていた。ところが今回処方されたのは1日一回、3日間服用。3回分のパッケージになっていて、1日目、2日目、3日目、と印刷されている。しかも「3回分で7日間効果があります」と書いてある。その効き方が、まさに時々刻々という感じで連続的に症状が改善される。古い知識が役にたたなくなるのも仕方ない。

2009年12月9日水曜日

歯痛

京都の12月とは思えない気温だ。菜の花は順調に育っている。
歯痛で昨日歯科に行って、薬を飲んだ後にやたら痛みがました。今朝も不安で、一日家に閉じこもっていた。勉強会の約束や講義は欠席。締め切りなどあったから、それでよかったのかもしれない。

2009年12月7日月曜日

電飾完成

今日は「冬だなー」という感じがした。例年の12月ほどではないけど。
昨日はパートナーが一日かけて電気色(??)の電飾をもみじの木に巻いて庭の電飾が完成した。4種類の電飾で夜がにぎやかだ。近所の子供からお年寄りまで皆さんに「楽しませもらっています」といわれる。「雪の村」にも灯りをつけてくれた。
テキトーにバラマキをした菜の花はさっそく芽を出した。250粒全部出てきそうだ。

2009年12月3日木曜日

庭のもみじ

今日は久しぶりに一日雨。雨の日に家に閉じこもっていられるのは嬉しい。出かける人には申し訳ない。晴れた日に家にいるのももちろんいい。他所のもみじに何度も感激したけれど、庭の新入りのもみじも紅葉した。日にあたると輝き、雨の中でもしっとりと風情がある。

2009年12月1日火曜日

真如堂の紅葉

夕方真如堂の紅葉を見に行った。本数が多く葉が密集しているので、夕方の光の中で血のように真っ赤なもみじの木で庭が覆われていた。鐘楼に登ると遠くの銀杏が明るい。帰りがけには落ちる寸前の夕日に横から照らされたもみじが透き通って、ガラス越しに火事でもみるような光景だった。吉田山荘でお茶。色とりどりの東山の後ろに比叡山。今日は満月だ。竹中神社の崖の向こう、東山の上に月。吉田神社の鳥居ごしの月。

2009年11月30日月曜日

菜の花畑

久しぶりに山科駅かいわいに買い物に行った。京津線やましな駅にクリスマスツリーが飾ってあった。ニックで土などを購入。庭の真ん中にパートナーが畑を作ってビニールハウスにしてくれたので、菜の花の種を蒔いた。小さな種で、コントロールが難しい。最後はいつものテキトーで蒔き終わった。菜の花は冬に葉が出てくるので楽しみだ。そういえば冬枯れになった木々がもう次の春の準備で芽を吹いている。

2009年11月28日土曜日

クリスマスツリー

今日はクリスマスツリーを飾った。いろんな種類の飾りをこれでもか、といわんばかりに全く脈絡もなく取り付けてゆく。「あんまり変なことするなよ」とパートナーに言われても、飾りつけのマニュアルがあるわけでもなく。それでも仕上がって灯りがつくと様になる。七色の灯りが静かに点いたり消えたりするのをぼーっと見ているとそこはかとなく嬉しくなる。ツリーとは別に屋根から下がる雪が七色に照らされるパブの模型も飾った。中から人々の声が聞こえそうな雰囲気だ。他にもいくつかの家と人形があって、それはパートナーがコットンで作った雪の上に並べてくれた。

2009年11月27日金曜日

岡崎散策

最高気温予測が19度、晴天。外を歩かなくてどうする?で、講演会をさぼって岡崎かいわいを散策した。武道館の紅葉とどうだんが真っ赤だ。白川ぞいの桜並木も葉の量は少なくなっていたが、やわらかな赤が日に映えていた。東山も最近は落葉樹が増えて赤や茶色に染まっている。都ホテルまで歩いてケーキセット。

2009年11月24日火曜日

鴨川ホルモー

休日はなんとなくいろいろなことをして過ぎた。はじめて外のライトアップをしようと、パートナーが何種類か設備を買った。LEDだから明るくて電気消費は少ないそうだ。今日は半分だけ飾った。夜は鴨川ホルモーをパソコンで見た。荒唐無稽で、かなり笑ってしまったが、京大や京都の風景がどれもなじみ深いので、「あ、あそこだ、ここだ」と分かってけっこう嬉しい。要するに著者は母校と京都の街を描きたかったのではないか。映画もたぶんそうだ。それなくしては退屈な映画になっただろう。しかしそれだけで話や映画ができるのは京都ならでは、だろう。

2009年11月23日月曜日

科学者の動き

選挙前に、マニフェストは細かいことばかりで、「この国を、とくにこの国の文化をどの方向に持ってゆくか」などの大きな方向がみえない、という心配をしていた。今事業仕分けについて「事業内容が公になったことはよいが、仕分けは大きな方向を定めずに細かい金額等ばかりにこだわっている」という意見を見聞きする。考えることは同じだ。科学研究費に関して10大学の理学部長相当の人たちが連日協議した結果の提言をするそうだ。もっともその内容もけっこう細かい。それよりこの国の教育や研究のレベルをどうするつもりか、質問することが大事ではないだろうか。さらにいえば、選挙前にいうべきだった。

2009年11月20日金曜日

毘沙門堂の紅葉

毘沙門堂に紅葉を見に行った。最近は東京発の毘沙門堂観光などもあるようで心配だったけど、今日は静かで、真紅から緑までカラフルで、とくに赤がことさら美しかった。
採取した銀杏入りの銀杏ご飯と赤カブの糠漬け(自家製)が食卓に乗った。こういうときは寒さも許せる気がする。

2009年11月16日月曜日

真夜中に・・・

真夜中に幽霊が・・・出なかった。明日は寒くなり一日雨らしいので、桜の落ち葉で近所の子供たちが滑るといけない、と思い立って道路を掃いた。門灯の弱い明かりの中でもきれいだった。夜中に外で安心して掃除ができる日本は、やはり平和で安全なのだ。

2009年11月15日日曜日

落ち葉と銀杏

桜の落ち葉を掃き寄せると葉の山ができる。黄色から濃い赤までのグラデーションが鮮やかで、木の紅葉よりも楽しめる。今日は採り置いた銀杏が初めて食卓に。エメラルドグリーンで、もちもち感が強く味も濃厚で、買ったものより小粒でもおいしさ抜群だ。夕顔のつるは撤去され、庭も冬支度になった。
今年のインフルエンザ予防接種は副作用も少なく助かった。

2009年11月14日土曜日

季節型インフルエンザ予防接種

昨日ようやく従来型インフルエンザのワクチン接種をした。今日は副作用で気分がよくない。でもワクチン接種をするようになってからそれまで毎年恒例だったインフルエンザにかからなくなったので、副作用に文句はいっていられない。新型ワクチンは当分順番がこないだろう。型は何であれ大流行といっても発症率は大きいものではない。実験ではせいぜい1割だそうだ。罹りやすい人と一生無縁な人がいるようだ。そういう研究はないのだろうか?罹りにくい体質の人に接種するのは本人にとっても社会的にも損失と思うのだが。

2009年11月8日日曜日

奈良の休日

土・日に奈良で遊んだ。ちょうど天気がよく気候も快復して暖かかったので快適な休日だった。
鹿パークをはじめあちこちでハゼの紅葉が真っ盛り。夕日に映えて透き通っていた。鹿と人がのんびりと芝生の上を散策している。老若男女を問わず数人ずつで楽しんでいた。鹿の糞だらけの芝生に座って弁当を食べている若い女性二人。鹿のなき声は年齢によってちがう。
今日は「ならまち」を散策して買い物などをした。
帰ったらちぎれた紙片がいくつか郵便受けに入っていた。誰かが垣根の夕顔のつぼみを折ってしまったお詫びを近所の女の子たちがそれぞれたどたどしい文字で書いて、パートナーの似顔絵も描いている。折れたつぼみまで入れてあった。最近近所に子供が増えて、女の子たちは仲間になって遊んでいる。後でやってきて「ごめんなさい」ときちんと挨拶する。家庭でのしつけの良さが想像される。チューリップを植える手伝いもしてくれた。

2009年11月4日水曜日

庭の桜の葉も

急に寒くなったせいか庭の桜の葉が色づきはじめた。8月から落ち葉が始まるが、10月までは茶色い枯葉。最近は落ち葉も赤くて美しい。枇杷の花が咲いて良いにおい。2個だけ無事成長した柿の実を収穫した。ご近所から柿をいただいた。

2009年11月3日火曜日

寒い日

急に冬の気候になった。その間風邪気味で閉じこもっていたから、寒さはそんなに感じないですんだけれど。今日は思い切って洗髪したら風邪が抜けた。

2009年10月12日月曜日

朝咲く夕顔

寒くなったら夕顔が夜には開かないで、朝になるときれいに開いている。午後になってもなかなか萎まない。

2009年10月9日金曜日

銀杏の実

1週間前に家の前の道路沿いの崖で銀杏拾いをした。バケツに3/4くらいはとれた。一昨日の台風の翌日にはたくさん落ちているだろう、と期待したが、朝8時半に外に出てみたら、もう雨合羽を着た人が崖に降りていった。早起きは三文の得!後には2-3個しか残っていなかった。まあ、京都ではあまり台風の被害がなくてよかった。

2009年10月4日日曜日

十六夜の月

今日は秋日和(っていうのかな)だった。
十六夜の月を心行くまで鑑賞している。天空に近くなるほどに輝いて、まぶしいくらい。たしかに兎が餅つきしている!
私の風邪が少しよくなったらパートナーが急にダウン。ふだん低体温なのに7度2分は本人にとっては高熱だ。以前ならばちょっとさぼって寝ていればよかったけど、最近は「症状によっては新型インフルエンザか?どこに連絡したらいいのだろう。入院先はあるのか」などあたふたしてしまう。

2009年10月3日土曜日

月と兎

今日のGoogleは可愛い。黒い空の真ん中に月。白い兎が何匹か丘の上(だと思う)に。
今日の空は雲が多く、月はちょっとしか見えなかった。月見の和菓子を食べた。
それにしても3日も風邪が抜けない。

2009年9月27日日曜日

花の宴の後

白ヒガン花はかろうじて秋分の日までもった。ほとんどは枯れていたけど。
連休の間は秋晴れだった。そういうときに家にじっとしているのが気持ちよい。
夕顔はまだ咲いていて、近所の人たちにも愛でられているようだ。子供たちも興味をもって、隣の女の子は一輪もらってご機嫌だった。2階の朝顔はもう終わり。

2009年9月22日火曜日

ゴーヤの始末

ついにゴーヤは網とともに始末され、今日は屋根の上のプランターを下ろす作業を手伝った。まず土の入ったバケツが屋根からロープでするすると降りてくる。それを受け取って土を庭にあける。空のバケツがするすると上がってゆく。その繰り返し。最後にプランターを(これは屋内の階段を使って)下して終わった。その間中庭で金木犀がよく匂っていた。庭の端の崖沿いにたくさん植えたし、隣に古い大きな木があるので、これからしばらく芳香を楽しめる。玉すだれも咲いた。今年は庭に赤マンマ、紫露草、カヤツリ草などが栄えている。秋を実感する。

2009年9月9日水曜日

寒い

急に涼しいを通り越して寒い。空が黒くて月がきれいだ。
涼しくなると西洋朝顔は夕方まで咲いていて、寄せ植えにした夕顔が早く咲くから、朝顔と夕顔が同じ網に咲いている。

2009年9月8日火曜日

白ヒガン花

白ヒガン花のシュートが出てきた。去年よりもさらに早い。以前は名前のとおりお彼岸のころに出ていたのに。赤マンマが咲き、今年はカヤツリ草が一面に生えている。
もう日が経ったが、Edward Kennedyが亡くなった。20世紀型の政治家の最後かもしれない。Kennedy兄弟はその時代としては今のオバマのような位置にあったかもしれないし人間としての素質は似ているのかもしれないが、政治家としてのタイプは全くちがう。オバマはその人間性を表には出さない。21世紀の組織運営とはそうしてものだと思うし、時代が自然にそうさせているのだろう。日本はその点心もとない。規則と論理をきちんとわきまえないと、国際社会で脇の甘さにつけこまれる。

2009年9月1日火曜日

ゴーヤの種

緑のカーテンは立派に茂った。新鮮なゴーヤをたくさん食べた。
ゴーヤは熟れやすく、熟れると割れる。割れる寸前に採って切ると、種が真っ赤な果肉(?)で覆われている。量はわずかだけれど、その果肉が甘くておいしい。これは買ってくるゴーヤでは体験できないことだ。

2009年8月31日月曜日

みんみん蝉

みんみん蝉が鳴いている。以前は真夏に大合唱したこともあるのに、最近は珍しくなった。あまり暑いのは嫌いなのだろうか。関西から西では蝉は「みんみん」とは鳴かないのだとか。
政権も季節が変った。新政権に期待されているのは経済支援ばかり。国の財政は大丈夫なのだろうか。憲法問題も、日本の形作り、とくに文化政策、国際的な立場、社会全体としての経済の活性化、そういう国としての死活問題は全く争点にならなかった。そういうことを争点にすると票を失うと考えたのだろう。それは国民の体質の問題なのだ。私としては民主党のマニフェストとやらから夫婦別姓問題が消えてしまったことが不満。別に権利の問題でなく、今のままでは不便なのだ。

2009年8月29日土曜日

筑波

何年ぶりかで筑波に行ってきた。LGSという集会だ。出席できたのは半日だけど、楽しかった。誘ってくれたAさんに感謝。主催者のKさんは相変わらず元気。旧知のIさん一家と前日夕食をした。
帰りの新幹線の窓外に薄い雲で輝きを和らげられた夕日が空のかなり高い所に見えた。そういえばフランクフルトでスロベニア行きの飛行機の中で夕日が沈みかけて空がまぶしいほどオレンジ色に輝いていた。その後飛行機が高度をあげて安定したころに雲海にぽかりと赤とオレンジ色のガラス細工の半球が浮かんでいた。雲平線(?)の向こうではない。まさに雲の海の真ん中に夕日が沈んで行ったのだ。夕日は場所によって様々な様子を見せる。息をのむ美しさや不思議さを見せることもある。重慶から米米へのバスからみた夕日は赤いチーズのような感触だった。空気が濁っているせいだろう。

2009年8月25日火曜日

帰ったら

スロベニアはいろいろな意味でとてもよい国だった。少なくともリュブリャーナは街として美しく、人は優しく、しかもほとんど誰でも英語が流暢だ。白樺並木が印象的だった。京都ほど暑いのに。会議も面白かった。そのときにこの会議の内容の源流ともいえる理論を提案したPour-El教授が6月に亡くなったことを知った。81歳だから仕方ないかもしれないが、いろいろ思い出すことがある。
帰ったら秋だ。空の青さと雲の白さがまぶしい。蝉はつくつく法師になり、夜はりんりんと虫が鳴く。夕顔が20個以上咲いている。

2009年8月17日月曜日

スロベニアへ

入道雲が真っ白で気温は高いのに、つくつく法師がよくなくようになり、いろいろなとんぼが飛んでいる。 夜には秋の虫の音が聞こえる。
明日からスロベニアへ。あまり涼しくならないとよいのだけど。

2009年8月16日日曜日

蹴上から

ほとんど毎年五山の送り火をどこからか見ている。今年は近場で、ということで、蹴上に行った。京都市国際交流会館の近くで東山の大文字の火が、ほぼ「大」の字に見えた。とても低く感じた。その後峠のほうに登って行くと、まず左大文字が見えた。遠いので小さいがなんとか「大」に見える。やはり低い。左大文字はその位置から「大」に見える場所が少ない。もう少し上から舟形が見えた。ちょうど点火したところらしい。次第に燃えて明るくなったら、船の形がはっきりした。舟形がこんなにはっきりしたのははじめてだ。実に美しい。ちょうど角度がよいのだろう。地下鉄の入り口が特等席だった。例年はもっと近くで大文字などを見て、それはよかったけれど、今回は人だかりが全くなく、背伸びして人の間から覗く苦労もなく、ゆっくりと鑑賞できた。山鉾巡行で「夏がきた」という気分になり、送り火で「夏もそろそろ終わり」と思う。

昨日のこと

昨日の午前、家の前を千人もいるか、と思うほどの中高年軍団が通っていった。二階からみえる疎水沿いに来て、こちらに降りてくる。旗から関西一帯のハイキングクラブらしい。琵琶湖のほうから疎水沿いに歩いてきたのだろうか。健康で長生きされるにちがいない。
夜顔の花の根元は細い管になっていて10センチ以上もある。そこにたっぷり蜜がたまっている。ちょっとなめてみたら甘い。咲いてまもなく蟻がむらがってくる。蟻に迷惑していながら養っていることになる。

2009年8月15日土曜日

花火

トライクで疎水沿いを走ろうとしたけど、土と砂利の道はアスファルトとは全く事情がちがっていてよろよろするばかり。舗装してあるわずかな距離だけ走って、あとは押して歩いた。何をしているのか分からない話だ。でも木陰は風が爽やかで気持ちよかった。
夜は花火をした。どれもきれいだけど、線香花火が一番美しい。
夕顔(実は夜顔だとか)が明るいうちからたくさん咲いている。

2009年8月9日日曜日

五条坂陶器市

遅い梅雨明けから何日かたって、昨日・今日は輝かしい夏の日だった。ぶらんこのプランターから伸びた朝顔が2階から見るとお花畑のようだ。庭ではジージーとのべつ鳴く蝉やカナカナ蝉がにぎやかだ。枇杷の木で鳴くカナカナ蝉は窓辺に近く、今年は特別よく聞こえる。
夜に五条坂の陶器市に行った。地元の清水焼から唐津・沖縄などからも出展していて、大賑わいだった。朝顔の模様の清水焼の皿を2個買った。高価なものも手ごろなものもそれぞれ魅力的で、見て歩くだけでも楽しい。出店者は買ってほしいのだろうけれど。

2009年8月3日月曜日

「この国の形」は?

どの政党のマニフェストも票をとれそうな層をターゲットにしたばらまきとしか見えない。昨年からの経済危機を利用しているのか?しかしこの国の形をどうするか、それをもって世界の中の立ち位置をどうするか、のほうが本当は重要なのだ。人口も領土も資源も少なく戦うことを禁じている国が世界の中で生き延びる戦略なしには安心して暮らせないのだ。この国の形をどうするか、の中心はどのような文化で世界に貢献するのか、ということだ。それとともに高度な外交手腕が必要なのだ。

2009年7月25日土曜日

鴨川の床

昨夜はパートナーの誕生祝いに「あと村」の床で食事をした。曇っていたが雨は降らず、風が強くて涼しかった。鴨川の流れは穏やかだった。ひと夏に一度はここにくる。
その後還幸祭の一部を四条通りで待った。神輿の行列は何度か見ていて、「よいと、よいと!」という掛け声と,、(今回はそれまで待たなかったが)最後に神輿を廻す「まわせ、まわせ!」という掛け声が勇ましくて好きだ。先払いの駒形稚児と白馬の行列をま近で見れたのはよかった。

2009年7月23日木曜日

かたつむり

今日はまぶしい晴天。昨日と逆だったら、日蝕研究のために遠征した生徒たちはどんなに喜んだことだろう。
ラトゥールでS先生とドイツから来られているS先生と4人で昼食。そのときの会話から、ヒルベルトの原論文を見直したくなった。
家の石塀にカタツムリが2匹。殻の筋沿いに黒と赤の模様が入っている大きくて立派な1匹と全体が銀色の中型が1匹。この辺りにはいろいろな種類のカタツムリがいる。殻に毛が生えているのを見たときには驚いた。
ところでつつじや夕顔の花は草いきれのような青臭い強烈なにおいがするのだが、パートナーは全然においがしないという。においも人によって感じるものや感じないものがあるのだろうけど、ネットで調べてもつつじは匂わないもの、西洋つつじで甘いにおいがするものはあり、という。でも、においの成分が無いものがにおうだろうか?

2009年7月22日水曜日

ピンホールカメラで

京都の空は厚い雲で覆われていたが、パートナーが作ってくれたピンホールカメラを雲が薄くなったときにのぞいたら、欠けはじめていた太陽が写っていた。空をじかに見ると、まわりの雲との区別もつきがたいのに、カメラには欠けた白い円が写る。しばらくしてあたりが明るくなった。曇っているから暗いのだと思っていたのだけれど、やはり日蝕のせいだったのだ。テレビで硫黄島や海上からの皆既日蝕の様子も見た。

一昨日、雨の宅配ポストにヒルとカタツムリがくっついていた。ヒルははじめて見た。カタツムリは殻の直径が5ミリくらいの小さなものだ。カタツムリはいろいろな種類と大きさのが庭のあちこちにいる。

2009年7月21日火曜日

咲いた、咲いた!

かぼちゃの大きな黄色い花、空中ブランコのプランターの青紫の朝顔、塀沿いの夕顔、それぞれ一輪咲いた。かぼちゃはまだどんなものが実るのか分からない。西洋朝顔は寝坊してもまだ咲いているのがいい。好みとしては日本的なのがいいけれど。夕方に大きくてて丈夫そうな白い夕顔が咲くと、なんだか元気が出る。源氏物語のはかなげな夕顔とは別の花なのだろう。なにしろかんぴょうの元なのだから。
それにしても今ごろになって梅雨前線大暴れなのだろうか。山口県は大変のようだ。以前静岡で水害にあっているから、多少様子が分かるだけに心配だ。

2009年7月19日日曜日

長い夕立

今年の梅雨はむしろ夏の夕立のようだった。昼間晴れて夜の間に降るのは便利だけれど、日本の梅雨の趣はない。ホノルルみたいだ。今日はすごい夕立が夜中まで続いた。洪水警報が付近に出た。雷も鳴っていたし、巡行も終わったから、梅雨の終わりなのだろうか。
そういえば一昨日の夜にツクツク法師が鳴いていた。もう秋か??!

長い夕立

2009年7月16日木曜日

宵々々山

宵々々山を集中講義に来られたKさんと3人で歩いた。6時半くらいからでまだ明るいが灯りはともっていた。人ごみもまだピークにはなっていない。四条通りは歩きやすかった。月鉾の月が夕日にそまって柔らかなシルバーピンクに輝いているのを見つけたのは大収穫だった。久しぶりに鉾に登り、ちょうどお囃子の最中だったので演奏の様子を間近に見た。その後「緒方」で食事。若い人が独立して店を構えるのは大変なことと思う。でも逆に自由な発想で料理を作れるし、お客さんと親しく話せるのもプラスになるだろう。和久伝で大勢指揮していたときよりも明るかった。
食後にまた四条へ出たら「歩行者専用を解除」のアナウンス。混乱もなく車道から人が去って、やがて車が通りはじめた。こんなに遅く歩いたのははじめてなのでそれも珍しかった。

2009年7月12日日曜日

はじめてのゴーヤ

我が家の屋根の上で実ったはじめてのゴーヤをサラダにして食べた。あまり大きくならず、苦味も少ない品種だそうだ。15センチくらいで、程よい苦味があって、簡単なドレッシングで楽しんだ。今日の夕食は鮎と自家製のたで酢、レンコンの酢の物、きゅうりの胡麻和え、ずいきの煮物、茄子のしぎ焼き、じゃこ山椒、胡瓜と茄子のぬかづけ、など夏づくしだった。私はひたすら「食べる人」だけど。
ジージーゼミが庭で、カナカナゼミが裏の疎水あたりで鳴いている。

2009年7月11日土曜日

神輿洗い

昨日は神輿洗いの日。onlookerに過ぎないのだけれど、7月は心が浮き立つ。夏ということもあるが。ちょうどパートナーの講義も最後だったので、久しぶりに四条川端の菊水2階で食事をしながら、たいまつと神輿のプロセッションを見物した。金色に輝く神輿が眼の前を過ぎた。あの掛け声も好きだ。菊水には以前客の一人ひとりを大事にもてなす年配のウエイターがおられた。その後見かけなくなっていたが、亡くなったのだそうだ。今は若い男女が働いているが、二人とも気配りができて好感がもてた。帰りに甘泉堂の水羊羹を買った。これも夏のものだ。老夫婦だけで営んでいるようなので、いつまで続くのか、と二人で心配になった。

2009年7月8日水曜日

梅シロップの味

夏はとにかく楽しい。
月曜日に今年はじめて梅シロップを飲んだ。良い出来!古城もおいしいではないか!南紅梅はシロップが赤い。
昨夜は七夕。「天気が良くないところが多くて星が見えないでしょう」とお天気お姉さんが言っていたけれど、天気の問題ではないだろう。晴天だって見えるのは木星とか金星くらいだ。本当はこの頭上の空に天の川も織女星も彦星もきらめいているはずなのだ。遠くの高い山に行かなくたって見えるはずなのだ。そうでない状態って、考えてみると怖いことではないだろうか。環境問題を論じたいのではない。そこにあるものが何かにさえぎられて見えない、という違和感は他の人にはないのだろうか。

2009年7月6日月曜日

丸テーブル

土曜日に丸テーブルがきた。今までの長方形テーブルと面積は大体同じ(円積問題か??)なのに使い勝手がいい上に、部屋の空間が増えた。色も明るい茶色で、泰山木の花を生けた花瓶をおいたら、他所の家にでも行ったように目新しいリビングに変身した。長方形テーブルは別の部屋に移動して、
その上に籠をおき、乾いた洗濯物を入れる。立ったまま仕分けができる、というだけで、これも目新しく楽しい。洗濯物の仕分けはもともと好きな作業だけれど、ウォークイン作業はとくに楽しい。
今日は雷鳴とともにすごい夕立が降った。夕立が過ぎ去った後の空は青く、入道雲が夕日でオレンジ色に染まっていた。梅雨というよりは典型的な真夏の気象だ。

2009年7月4日土曜日

今日の植物たち

今日も梅雨の晴れ間。屋根上のゴーヤはどんどん伸びて、緑のカーテンが現実味をおびてきた。黄色い花がたくさんついていて、実も生っている。たしかにベビーゴーヤだ。黄色い天道虫が花にとまっていた。もう終わりかと思った合歓の花が今日は華やかだった。あちこちの夕顔も朝顔もつるを伸ばしている。わけの分からないかぼちゃの葉が化け物みたいに大きい。梔子も際限なく咲き続ける。
家の前の道端の崖には勝手に生えた(?)むくげが白い花を、夾竹桃が赤い花を、我が家の庭から一部引っ越した(?)ヒメヒオウギが朱色の花をつけている。ヒオウギは祇園祭には欠かせない花だ。巡行の数日前には買ってきて活ける。それに似ているからヒメヒオウギと呼ばれるらしい。とてもヒメなどというものではない。ものすごく繁殖力が強く頑丈な植物だ。それでもなまえの由来を知ってからは少し大事に思うようになった。

2009年6月28日日曜日

梅漬け終了

らっきょうはもう食べ始めた。シロップ用の梅はすべて漬け終わった。今年は8キロ。もう夏の気候だけれど、一応梅雨どき。準備万端で夏を待っている。ともかく夏が好きだ。それにしても梅雨の晴れ間が多すぎて水が心配。

2009年6月27日土曜日

夏みかんの木再生

他の木の都合で植え替えた後枯れてしまった(と見えた)夏みかんの木に、緑の枝と葉が出ていた。パートナーが私に内緒で栄養剤を注入していたのだそうだ。接木もしないから花も咲かないしもちろん実はならないこの木を大事に思っていたのには長くてつまらないわけがある。実を食べた後に種をポットに埋めておいただけで、双葉が出て成長した。それを土に下ろしたものなのだ。夏みかんは親が庭に生ったものを毎年送ってくれていた。東京の住宅地である。私たちが子供のころ、農業高校のバザーで買ってきて植えたものがいつの間にか成長したのだとか。私は忘れていた。母が台所の生ごみを肥料にして面倒を見ていたので、毎年みずみずしいしっかりした実がたくさんついた。酸味が強いので最近は売ってもいないけど、そのままでも砂糖をかけても美味しい。ジュースにもできる。パートナーがジュースで寒天やゼリーを作ってくれた。知人にあげたら夏みかんのピール入りのケーキになって返ってきたことも。自分たちにだけ大切な夏みかんの歴史である。

2009年6月21日日曜日

庭は野菜畑?

古くなったじゃがいもを庭に放っておいたり、コンポストに入れたつもりのものがはみ出したり、で、いつの間にか雑草の間にじゃがいもやかぼちゃの葉が元気よく育っている。道で拾った銀杏を庭に放置していたら、いくつもいちょうが生えてきた。小さいうちは嬉しいが、大きくなったらどうしよう。もう一本そういうのがあるのに。自然薯のつるもつつじや桜に巻きついている。もう10年ものだろうから、おいしいよ、とパートナーは言うけど、それを掘るのにはつつじ一本犠牲にすることになりそう。
昨日はパートナーが錦に買出しに行って、季節の京都の素材を料理してくれた。鱧の子を酒で炊いたもの、賀茂なす(極上品)の醤油焼き、作り置きしてあるじゃこ・山椒や鱧のおとしも食卓にのった。今日はたぶん自家製のたで酢で鮎。

2009年6月20日土曜日

合歓のパラダイス

合歓の木が大きくなって、2階を越えている。以前は2階から見ると濃いピンクの、まさにシルクの感触の花が眼前に広がった。今はそれに加えて葉の裏側からしか見えない花がはるか上にある。横にも枝が広がって、庭中が合歓のパラダイス、という趣だ。アゲハも飛び始めた。桜も巨大になって、合歓と桜と、その間にもみじが入って、庭中が緑だ。西側には泰山木と白木蓮が茂って、その向こうに崖と家があるなんて分からないくらい。梔子も咲き始めて良い香りだ。
今日は朝顔の苗を植え替えた。朝顔のカーテンが成功することを期待している。

2009年6月15日月曜日

いのししとあらいぐま

今日は裏の疎水沿いでいのししがひょこひょこと歩いて橋(日本最古のコンクリート橋)を渡っていくのに遭遇した。いのししに気をつけるように、という看板は以前からあったし、実際に見た人に写真も見せてもらったし、庭師のFさんに「お宅の庭にいのししの糞がある」と聞かされ、庭に確かにいのししに掘られた跡があったし・・・。今日確認して満足。
昨夜も今夜も裏庭の枇杷のあたりでごそごそ音がして、窓を開けたパートナーが「あらいぐまだ」と叫んだときには冗談かと思ったが、本物だった。枇杷の木に登ってひとしきり実を食べ、種を落としていた。カメラを取り出したけれど、残念ながら正面からは写っていない。ここは3分も歩けば三条通りなのだけれど、猿も狐も出たことがある。

2009年6月14日日曜日

良い気温

昨日はじめて家で着ているトレーナーが春のものになった(それが私の初夏だ)。今年は衣替えが遅かった。今日は晴れて緑が輝かしい。

2009年6月12日金曜日

もう一度蛍

入梅で一日雨が降っただけで、今日は晴れて気温も上がり今年はじめて夏を感じた。
食事の後今出川沿いの疎水を歩いたら、蛍が2-3匹。光が強く、勢いよく飛んでいる。それで疎水が北向きになるところまで行ったら、大勢人がいて、蛍見物していた。蛍を見たかったら、まず人だかりを見つけるべし!百匹、とはほど遠かったけれど、これで今年も「蛍をみた」という満足感は残った。
古城梅のシロップ1号を漬けた。なんとなく安心。

2009年6月11日木曜日

らっきょう漬け

6月といえばらっきょうと梅の季節。
今日らっきょうを買ってきて、さっそく漬けた。昨年の記録をみたらやはり6月11日だった。塩と酢と水で漬ける。ちょうど入梅なので、漬けただけでもうっとおしさを乗り切れるような気がする。

2009年6月8日月曜日

枇杷の実

今年は庭の枇杷の木に実が鈴なり、いや、枇杷なり、になっている。果実を食べた後の種をいくつかポットに埋めておいたら、芽が出た。双葉のかわいかったこと。3本を庭におろしたらすくすくと育った。昨年までは数個のあまり立派でない実の収穫ができたくらいだった。今年は食べ飽きそうなくらいなっている。鳥や虫との競争になるので酸味の強いうちにとらないといけない。それでも売り物の水っぽい枇杷より味わいがある。道端の枇杷もぎっしり実をつけているが、高すぎてとれない。腐って落ちるだけなんてもったいない。
合歓の花が咲き始めた。ゴーヤの花が咲き、実がつきはじめた。

2009年5月31日日曜日

トライクとあざみ

半年ぶりにトライクで業務スーパーまでお買い物。身体が大体覚えていたけど、やはりぎこちない。自転車に慣れた人の10倍くらい時間がかかっているような気がする。後ろから護衛しているパートナーは大変だ。1人で買い物に行ったほうが10倍楽だろう。
その後、またあざみを見に蹴上に行った。前よりもたくさん咲いていた。インクラインでは崖を降りて間近に行ってちょっと触ってみた。この明るい暖かい気候も今日までなのだろうか。

2009年5月26日火曜日

「ひめあやめ」でない「庭石菖」

今年も庭石菖が咲いた。野原状態の庭なのでいつ何が咲くか、は自然にお任せ。今年はすみれはなかった。子供のころ母の実家の庭一面に咲いていた可憐な花を母か伯母から「ひめあやめ」と教えられて長くそれを信じていた。紫の小さな花にまさにぴったりのなまえなのだ。数年前にある本にこの花のことを書こうとして念のために調べたら、それは庭の花とは全く似つかないものだった。どうやって本名を探したのか覚えていない。さつきも咲き始めた。
新型インフルエンザ発生で保育所から大学までほとんどの学校が休講(休校)になった。教育の遅れや子供の退屈や夏休みの補講や心配が山積みのようだが、SARSのとき以来なぜそのような場合の教育方法を構築してこなかったのだろう。やり方はいくらでもある。ノートベースのドリルでもよし、読書の感想文でもよし、大学ならば全員にパソコン購入させ、日ごろから教育に活用していれば休講くらい乗り切れる。京都情報大学院大学は「休講・休校」ではなくe-learningに切り替える、という措置。さすが。アメリカでは非常事態の場合のe-learningの構築を始めた、と何年も前に見たか、聞いたかしたがどうなっているのだろう。

2009年5月24日日曜日

山椒の実と風邪

先週の木曜日には山椒の実を枝からはずす手伝いをした。細かい作業でひたすら同じことをする。現代的でないことはまちがいない。でも指についた香りだけでもその価値がある。極上の山椒で、その香りは柑橘類のようでもあるが、さらにえもいわれぬ気品のある香りが加わっている。
その翌日から風邪の症状で、半分寝ていた。新型インフルエンザをうつしてはいけない、と勝手な理屈で演習をさぼった。熱もでないのに身体中が痛くてだるかった。やはり危ない??!!

2009年5月15日金曜日

あざみ

帰りが早かったので、蹴上のあたりのあざみの花見散歩をした。関電の構内(フェンス越しに見える)、インクライン、浄水所、の崖の草むらに赤紫の花がたくさん咲いていた。ついでにアカツメクサ、シロツメクサ、スギナの群生も見れた。こういう草花が珍しいものになってしまった。5月にしては涼しめでよく晴れて空が秋の雰囲気だった。日ノ岡峠を越えて歩いて帰った。歩くと九条山あたりが頂上であることを実感する。

2009年5月5日火曜日

ぶらんこ(?)

もう5月だ。
休みになってから、ぶらんこの支柱の組み立ての手伝いをした。といっても部品や工具をときどき渡すだけで、あとは庭のつつじを眺めていた。木が増えて、空気が若葉色になっているような気がする。山つつじについてきたおだまきの花をはじめて見た。静かな魅力的な花だ。で、これからぶらんこに乗る・・・のではなくて、ぶらさがるのは木製のプランターだ。そこに朝顔を植えて、二階を朝顔のカーテンで覆う、という計画。となりの部屋は一階の屋根にプランターをおいてゴーヤで緑のカーテンを作る。私には思いもよらない壮大な計画だ。戸外に出ていたせいか、顔や首にアレルギーが出て、真っ赤になり痒い。毎年ゴールデンウィークにアレルギーが出る。松の花粉なのだと思う。喉がはれて熱が出たことも、眼瞼縁炎で眼の縁が紫色にはれ上がったことも。杉は大丈夫だけれど、最近は黄砂に反応する。

2009年4月22日水曜日

Googleのデザイン

桜づくしの〆は将軍塚のライトアップ。外で食事をして、急にその話になって、タクシーで将軍塚へ。途中うねうねと回り道して登ってゆくときに、満月(?)が下のほうに、右に左に、顔をだす。園内は桜や桃の林にライトアップ。京都の町の北半分が暗闇の中に見える。展望台からは東山の方向に月が見えた。今はつつじが咲き始め、新緑が美しい。
Googleは月に一回特別なデザインになる。それがなんとなく楽しみだ。今月は今日。地上の新緑に滝と遠くの山々。海の中の珊瑚(と思う)。明るい季節感があって、気持ちよかった。

2009年4月12日日曜日

桜吹雪

今日は夏日だったようだ。満開の桜が風に吹かれて雪のように舞う。木が大きくなったので、空を見上げると、やわらかな青を背景にピンクの花吹雪。それを追ってクマ蜂が飛んでいた。紋白蝶と紋黄蝶も飛んでいた。向かいの崖の下から生えている山桜がもう葉とともに咲いている。3月から5月までの花の共演のようだ。

2009年4月9日木曜日

桜と満月

今年は桜の開花が早く、その後寒くなって心配したけど、今週は暖かく急に桜が満開になった。今週は桜桜の日々だった。月曜日には帰りがけに川端から白川ぞいに夜桜見物。どこかの会社がライトアップしている桜が川に写って幻想的だった。山科疎水沿いも歩いた。火曜日は家でパートナ作のお花見ディナーの後、庭の桜をライトアップ。大木になって、2階から見ても庭から見上げてもピンクのクリームのように濃い花の世界だ。今日は朝街中に行ったところ日取りを間違えて用事が足りなくなったので、八坂神社からはじめて仁王門通り、蹴上のインクライン、と桜見物をして歩いた。丸山公園の名物しだれ桜は枝がほとんど切られてみすぼらしくなっていた。山桜などとちがって寿命が短いのだろう。そのまわりも桜で、青い場所とりシートが敷き詰められていた。知恩院の山門ごしに門の外の桜が上側は明るいピンクに、下側は青みがかって、まさにえもいわれぬ美しさだった。インクラインを桜の季節に歩いたのははじめてだったのだろうか。前も後ろも左右桜回廊という感じだった。夜には満月を庭の桜越しに見た。満月はなめらかで明るい。今週はいろんな種類の書類の処理で頭が混乱気味だったけれど、桜ずくしのお陰で頭の中が桜色になった。

2009年4月1日水曜日

3月が終わった

3月が30分前に終わった。だからどう、でもないけれど、書きたいことは毎日思いつくのに、すべて頭の中で文章作って終わり。
菜の花はまだ咲いている。庭の様子がいろいろ変って、沈丁花、ぼけ、などがまだ咲いている間に桜も花桃もしだれ桜も咲き始めた。一度暖かくなってから冬に逆戻りしたために、そめいよしのの花がぽとぽとと落ちている。花びらがひらひら、とはならない。
何を入力しているのか分からなくなるくらい眠い。

2009年3月12日木曜日

菜の花

そうだ、庭に一本菜の花が伸びて、黄色い花を咲かせた。植えた覚えも種を蒔いた覚えもない。ある日突然菜の花が咲いていたのだ。それなら種を蒔いたら自然に芽をだして成長するだろう、来年はそうしようか、と話している。菜の花は私の一つオブセッションといえるかもしれない。「菜の花畑に入日薄れ」と歌は歌って情景を想像しても、現実には菜の花畑は見たことがなかった。花はちらほらどこかで見たことはあったのだろう。京都にきて修学院離宮道のマンションの南向きの3階に住んだとき、目の前の畑に何か葉が育っていた。大根の葉かと思った。4月に入ってびっくり。菜の花畑だったのだ。東山がすぐ左に連なっている。西のほうには森も見える。まさに歌の世界が眼前にあった。北山通りを走ると、左右に菜の花畑が続いていた。夢のような光景だった。さらに5月の初めだっただろうか。菜の花も刈り取られ殺風景になった後に、ある日水が張られ、その晩から蛙の大合唱が始まった。蛙にもいろいろな種類がある。種類によって歌声がちがう。
菜の花畑はその後マンションや量販店に変わった。最近では山科疎水に沿って菜の花が咲き誇っている。山科新聞に「今まで菜の花の面倒を見ていた方が体調の問題で続けるのが大変になった」という記事が出た。きっとボランティアが大勢集まるだろう、と思っていたが、その通りだったようだ。両岸に菜の花道ができている。

2009年3月11日水曜日

植木

また月一になりそうだ。いろんなことがあった、ような気がする。今年度の研究報告書と学位論文の計画書提出。1年間ずいぶん勉強したり考えた、と思うけれど、考えることはいつも同じ方向のような気がする。でも少しずつは進歩している。今は投稿論文の修正が緊急の問題。査読にさんざん時間かけて(それも理解はできる)、2週間で修正版出せ、って、難題を吹きかけるようなもの。何が大変って、大幅に構成を変えたものの入力だ。
庭師のFさんが植木の入れ替えに来られた。庭の周辺はほとんど椿で囲まれていた。他に花のない季節に次々華やかさを添えてくれていたが、近年茶毒蛾の幼虫がよくつくようになって、被害を蒙る前に植え替えよう、ということになった。実家で以前父が椿の傍を歩いただけで皮膚が腫れて大変だったので、椿は抜いてもらった、と聞いたことも恐怖を感じた一理由だ。椿はFさんの庭園で再生しまた植木として活用されるので、ちょっとほっとする。代わりに今まで欲しかった花桃、白梅、蝋梅、紅葉、沈丁花、などが植えられるので、来年の春が楽しみだ。ぼけと白梅は今ちょうど咲いている。桜も種類のちがうものがくる。

2009年2月20日金曜日

札幌の雪景色

札幌にN先生を訪問。H先生とともにいろいろ議論・意見交換。全く形式をとらない話し合いは楽しく実りがある。望みどおり札幌は雪になり、車に乗せていただいて街を通ったり北大の中を通ったりすると周囲は雪の山。真っ白な雪の上を車がすべるように動いている。夜ホテルの窓から見下ろすと除雪車が何十台・・・でもないが、多くの除雪車が働いていた。カナダの冬で雪には慣れているようでもあるけれど、もう雪上の運転はできないし、雪国で生活もできそうにない。暖かい屋内から雪を眺める、という贅沢しか考えられない。と、のんきなことを考えていたら、予定のフライトが欠航して、滞在が一日延びた。翌日は晴れて、はじめて神戸空港経由で帰ってきた。三宮を見るのも久しぶりだった。震災の年の5月に尋ねて、駅前で呆然としていた。あれからもう14年だ。

風邪薬のせいか、ワインのせいか、と騒がれた大臣が辞任。この件について意見も感想も書く気は全くないが、ひとつ言いたいことがある。風邪薬1錠で24時間居眠り状態になる人もいるということ。一度に2錠飲むなんて命がけ。処方どおり一日3回服用などしたら、三日は目が覚めない。眩暈の薬を飲んで会議の議長をしたときは、いつ失言するか、実に心配だった。世の中には思いがけない体質の人もいる、ということを多少でも誰かに認識してもらいたい。

2009年2月10日火曜日

人情と慣習???

偶然行き着いた或る「元社長」ブログに「・・さんは合理的に判断するというがそれは間違いで、人間には感情というものがある、と反論される・・・」というようなことが書いてあった。誰も感情を否定しない。しかしそれと合理的に判断すべき場面とは別なのだ。私はかって公の場で「あんたはなんでも規則と論理でするからあかんのや。日本には人情と慣習いうもんがあるんや」と罵倒された。家族とか仲良しグループならば人情も慣習もOK!しかし組織の運営は規則と論理にのっとってするものだ。そんなところに人情と慣習を持ち込んだら組織を弱体化するだけではない、規則と論理をはずすこと自体反則だ。以前大手企業のトップが何かの不正で逮捕された。その方の知人が「あんないい奴がどうして」と言われたが、いい奴だから人情と慣習に流されたのかもしれない、と思ったことだ。(まったくの憶測です。真実は知りません)規則と論理を遵守した上で組織の発展を考えればよいことだ。でも日本人が一般にそう考えられる日がくるだろうか。

2009年2月9日月曜日

楽しい引きこもり

最近外出の用事もないので何日も家から出ていない。引きこもり状態だ。友人のY子さんからの便りで、家にばかりいるので歩くことにしている、という。学生時代の夏休みにお互いに「1週間家から出なかった」と満足気に語り合ったことがある。二人ともとにかく家にいるのがいいのだ。私は散歩の代わりに家のトレッドマシンで歩いている。これなら天候にも関係なく、犬にも吼えられず、着替えする手間もいらない。行動的な人から見れば、怠惰だろう。でもそれでいいのだ。別に人嫌いではないし、他所が嫌いなわけでもない。一度出かけてしまえば問題ない。ただ家にいるのが快適なのだ。

2009年2月8日日曜日

蕗の薹

冬に必ず作ってもらうものに、鰤大根、蕪蒸し、鯛蕪、広島焼き、がある。夕べは広島焼き。
庭の蕗の薹を摘んで、ネットで調べた一番やさしそうな調理法で「やってみなさい」といわれて、その通りに調理してみた。味がほとんどついていない。もう一度味付けをしなおして少しまともになった。蕗の苦味と独特の風味は散々湯がいても失われない。春の味だ。

2009年2月6日金曜日

2月の晴れた日

1月は新年の挨拶だけで終わってしまった。その間なんとなく風邪気味で、でも熱も咳きもでないから病院にいくほどでなし。喉のアレルギーの薬が胃のアレルギーを起こして(!)失神したのができごと。
あと、トイレペーパとティッシュペーパをネットで大量に買ったのが、はじめての経験。こういうものが 案外買いにくい時代になった。近所にスーパーがない。コンビニや薬屋さんもそれほど近くない。
誰かが「何でもネットで注文して、店に買い物に行かないのは人間としてよくない」という論陣を張っていた。その人たぶん日常用品の買い物しないのだろう。今どき何気ないものでも、たとえば洗濯機の洗剤なんかでも、この機械に使えるもの、と特定されると、どこにでもあるわけではないのだ。そういうものを求めて歩く時間のロスはかなりのものだ。
庭にタンポポの花が二輪、蕗のとうが数個。やはり立春なのだ。例年12月に一度タンポポが咲くが、今冬は2月になってはじめて。12月から1月にかけて寒かったから。それにしても雪が降らない。寒さは苦手ても京都で雪が降らないのは、なんだか気持ち悪い。

2009年1月3日土曜日

2009年

明けまして おめでとう ございます!